広い視野で国内外の問題の本質を語れる政治家を
添谷芳秀氏(慶応義塾大学東アジア研究所所長)
工藤:今日は日本の外交安全保障を考えるということで、慶応大学東アジア研究所の添谷芳秀先生にお話を伺います。まず、これまでの民主党政権では外交安全保障の面でいろんなことがありました。今度の選挙で、この外交安全保障の争点をどのように考えればよいかということからお願いします。
選挙の争点になりにくい外交問題だが
添谷:選挙で外交問題というのは争点にならない、というのが長い間の日本の現実でした。どのように外交問題が争点になるのかという習慣もなければ、思考もなく、それは現在も基本的に変わっていないと思います。 ただ、中国問題、韓国問題、北朝鮮問題、いろんな世論の目に触れる重要な対外関係というのが頻発していますので、政治家も一定の見地というか、言及すべきことが生まれていると思います。
そうすると、選挙の間で政治家が実際に何を言うかというと、やはり中国問題とか領土問題ですね、尖閣、竹島問題、それから場合によっては慰安婦問題などですね。選挙演説の中で言及するという政治家は生まれてくる可能性はありますね。
ただ、それが果たして本当に、日本の外交にとって意味のある、政治の選択にとって意味のある争点なのかというと、必ずしもそうではないだろうというところにこの問題の難しさがあると思います。 言ってみれば、特定の問題に、例えば尖閣が典型ですけども、尖閣問題の議論が"中国憎し"のようなトーンの議論になっる。
工藤:なんか勇ましいことを言うと票が集まるみたいな感じですよね。
添谷:そう。要するに従来は、例えば、この問題で勇ましいことを言っても票にならなかったということはあったと思います。しかし、中国に対して、割と好意的なことをいうと、ネガティブに作用すると。だから、何も言わないというのが一番健全な安全策であって、あるいは何か言うのであれば、中国に対してネガティブなことを言うと。そういう論理が働いていると思います。 その状況の中で何か発言をすると、選挙の中でマイナスにはならないだろうけれど、実は日本外交の問題とすれば、必ずしも重要な問題ではないと。 まあ、重要な問題ではあるけれども、ただ中国を批判したからと言って、それを前提にして、日本がどういう政策を持てるかというところに問題がいった場合に、そう単純な話ではないわけですね。 だから、争点になること自体の否定的な側面というのが現状だと思います。
工藤:ということは逆に言うと、選挙のときにはある意味、票を集めないといけないので、いろんなことを言うけれども、やはり冷静に有権者側が見ないといけない。そうであれば、いま日本外交に問われている課題は何なのでしょう?
アジアにおいては中国が台頭し、だからこそアジアの僕たちの交流は大事になってきていると思うのですが、一方でアメリカという問題があって、経済的なグローバルな視点で日本はもっと世界といろんなことをやっていかないといけない。ですが、日本の政治がちゃんと動いていないから、何をやっているのかよく分からない状況になっているんですね。 いま日本の外交安全保障で本当に問われている課題は何なのかということを話して頂けますか。
地域的広がりの中で対中、対米関係の戦略的議論を
添谷:それはもう、中国の台頭がどこまで続くかというのは別の領域の問題ではありますが、当面それが続くという前提で話をすれば、やはり力をつけた中国がどのような役割を果たしていって、その結果、このアジア、世界がどう変わっていくのかという、そういう視点はアジアの国々には全て共通すると思います。これは日本にとっても大問題。
ここで重要なのは、中国だけを視野狭窄的に、二国間関係の枠組みだけで見ていても、広がりのある戦略論にはならないわけで、だから、中国問題というのは地域全体と、それからアメリカとの関係において、どういう意味を持つのかという広がりの中で考える。そうすると、自然と日本は何ができるかという話ではなく、どの国とどういう協力関係を組み上げて、総合的な中国政策が作れるかという話になると思います。そういう広がりの中での中国の問題の議論が選挙の争点になれば、意味がありますね。 だけど、そうではない二国間関係だけで、"中国憎し"みたいな発言だけで、若干の盛り上がりをつくっても、票には多少はなるのでしょうけど、日本の国家戦略にとって逆効果、ネガティブに作用すると思いますけどね。
工藤:前の政権では、日米関係で意外にコミュニケーションがうまくいってなかったのではないか。日本はアメリカと同盟関係にあるわけで、このアメリカとの関係をどのように考えながら、アジア地域に対処していこうとしているのか、方向感が見えないんですが。
添谷:日本が、アメリカをバイで見ている。たとえば沖縄の問題にしても、県内か県外かという枠組みですよね。議論していない。あのアメリカですら、対中戦略を単独でできると思っていないわけですよ。だから、日本は大事だし、オーストラリアも大事だし、特にオバマ政権になってからは地域的な広がりの中で、アメリカのアジアにおける戦略を考えるという傾向は明示的に出ているわけですね。その中で日本は最も重要な同盟国であるという事実は変わらない。
だから、日本が対米関係を見る時も、地域的な広がりの中で、アメリカのプレゼンスを考えて、その中で日本がどのくらい負担を継続し、ただ、例えば沖縄に負担が集中しすぎているという事実は事実ですよね、明らかに。要するに、アジア全体の中で、日本だけが膨大なコストを払い、なおかつその中でも70%以上の米軍のプレゼンスが集中しているということはどう考えても異常であることは間違いない。
それは県外か県内か辺野古かどうかっていう話ではなくて、まさにオーストラリアとの関係の中で、場合によっては東南アジアのシンガポールとかフィリピンとか、北東アジアでいえば、韓国との関係とか、そういう広がりの中で、米軍のプレゼンスをどう考えるかと思考していく。そうすれば、自ずと日本と東アジアの安全保障協力関係の思考になっていきますし、日本の負担の軽減というものも、日本の枠組みだけで考える、日米の枠組みだけで考えるのではなくて、地域の枠組みで考えるという方向で争点化されていけば、これはもう文字通り、戦略的な議論になります。日米がそういう議論をやりだせば、これは日米同盟の政策調整とか、政策議論の前提は変わっていくと思いますね。
中国へのネガティブ発言は外交戦略上の損失
工藤:今の話は、非常に重要だと思うのですが、有権者側から見れば、日本の平和とかアジアの平和をどのように構築していくのか、視野を広げて考えられる政治家が良いなということですよね。 急に勇ましくなって、あいつが嫌いだとか出て行けとかだけではなくて。
添谷:中国が大事だというのはその通りなのです。中国に心配な材料があるというのは、その通りで、力をつけた中国がこれだけ自己主張を強めるというのは心配ですよ。ただ、ここでのポイントは、これは日本だけの問題ではなくて、東南アジアも含めて、みんな等しく同じ心配をしているんです。だから、その時に、日本だけいきり立つと、その分、中国の反発ももう通常の国以上に日本問題になると倍返しですから、そうなると他の国も日本との協力関係に躊躇するという、ちょっと変な逆転現象が起きてしまうんですね。
ですから、対中関係というのはもうちょっと落ち着いて、地域的広がりの中で、他の国と協力関係を組み上げながら、対中戦略を考えるモードに入らないと、まずいと思いますし、そのためには、やはり中国に対して若干、反中感情というものが蔓延しすぎだと思います。中国を心配する気持ちというのは誰にでもある。どこの国にもある。それが、中国に対してネガティブなことを言っていれば安全だ、という次元で対中論議が進んでしまうという、そういう空気が政治の世界にもしあるとすれば、それはむしろ日本の効果的な外交戦略をつくる妨げになる。
将来の日本の国のありようを決めるTPP
工藤:TPP(環太平洋経済連携協定)の問題なんですが、要するに日本を開くというか、開くだけではなく、世界の中で生きていくということなんですが、そういう経済論議ももっと明確な争点になったほうが良いと思っているんですが、どうでしょうか。
添谷:私はTPPの問題は、将来の日本の国の形を決める本質的な問題があると思っています。これは基本的に経済の話ですけども、必ずしもそれだけではなくて、例えば少子高齢化というのが絶対避けられない条件であることは間違いない。そういった中で、日本がこれから活力を維持しつつ、全く新しいポスト産業社会的な課題が噴出してくる時期に入るわけで、それを処理しつつ、落ち着いた文化水準の高い質の高い高齢化社会を作っていくというような将来像を描いた場合に、東アジアに国を開いて、東アジアに共存しつつ、移民の問題なんかもいずれ入ってくると思います。人口は減り続けるわけですから。
そういう将来像を考えたときに、TPPに参加して、これは丁々発止に日本は自己主張をしつつやれば良い話なので、何か入ると全てアメリカにやり込められるみたいな被害者意識というのは戦略論にとってはマイナスであって、日本も積極的に仕組みづくりに加わるという作業は、将来の日本像を決めるという意味合いが本質的にあると思います。
それからTPPは、私は反中戦略ではないと思うのですが、中国がアジアにおいて、グローバルにどのような国になるのかという問題に対する一つの視点を与えていると思います。別の言い方をすれば、TPPでやろうとしていることに中国が入れれば入ってくれば良いだけの話であって、現実には入れないわけですね。 それで入れない仕組みを作ることが反中戦略かといえば、それは全然そういう話ではない。ですから、中国の将来がどっちにいくのかということを見る時も、やはりTPP的なものに馴染んでいく中国の将来像というのは明らかにあるわけで、むしろ中国にはそっちにいってほしいわけです。
領土問題で「古来から自分のものだ」みたいな中華ナショナリズムを思い出して、自己主張を強める中国は、すべての国が望んでいないわけですよ。だから、中国はどっちにいくのかという若干、踏み絵的な機能もあって、これは対中戦略ではないのだけれども、中国の将来像を決めるときにもやはり重要な仕組みであると思います。 だからそんなものに日本が本格的に入って、本格的に制度を作るというのは、日本の将来像の問題であるし、なおかつ、中国の台頭という新しい時代における地域像の問題でもあるのです。TPPというのは基本的にそういう問題だという捉え方をしないと。日本がどのくらい損するか、得するかという話だけではないわけです。 だから、どっちに転ぶか、野田さんはうまい仕掛けをしたと思うんですね。
工藤:ちゃんと貫いてほしいですよね。
添谷:一種、踏み絵的にね。だから、これを日本国民はどういう判断をするのか。政治家がどういう判断をするのかというのは、日本の将来を決めるのではないでしょうか。
広い視野で問題の本質を語れる政治家を
工藤:いまの話を聞くと、今度の選挙で僕たちが政治家に問わなくてはいけないのは、やはりちゃんと考えているかどうかですね。ただ感情で話すのではなくて。
添谷:どのくらい広い視野で、どれだけ広い文脈の中で本質論を語れるか、そういうことだと思います。
工藤:あとは、それを実現するためにちゃんとこの人は取り組んでくれるかというところを見るしかないですね。
添谷:物事は政治家が動かないと決まらないわけですから。法律だってできないし。政治家の役割というのはものすごく大きいわけです。ただ、その時に、狭い領域の中での問題設定で結論を出して。
工藤:感情的に出したりね。
添谷:そんなものを法律にされると大変ですよね。
工藤:日本の外交安全保障というのは正に日本の進路そのものなんで、有権者側も冷静に見る、と。冷静にというのは、躊躇や慎重にということではないですね。非常に広い視野の中でいろんなことを考えながら、実行できるような人なのかとか。であれば、色々議論できますからね。
添谷:そうですね。有権者からすれば、自分たちの将来がどうなるかという話です。子どもたちの将来はどうなるかとかも。
工藤:本当ですよね。そういう問題で、外交安全保障は非常に重要なので、ぜひ私たちも議論を進めていきたいと思っています。 今日はどうもありがとうございました。